
(左から)中山泰京丹後市長、麻生純京都府副知事、河井規子木津川市長
平成20年1月11日 平安会館(京都市上京区)

固い握手を交わす中山泰京丹後市長(左)
と河井規子木津川市長(右)
平成19年3月に、木津町、加茂町、山城町が合併し、木津川市が誕生したことを受けて、京都府麻生純副知事の立会のもと、両市の関係者約50人が出席し、「友好都市盟約締結式」を開催しました。
式典では、旧丹後町・旧木津町から続く交流の経緯が紹介された後、両市の市長が盟約書に調印し、麻生副知事が立会人として署名しました。
また、両市の市旗を交換し、麻生副知事を囲み両市長が固い握手を交わしました。
盟約書の締結に際し、中山市長は「両市が文化や観光、産業、福祉など、さまざまな分野で交流を進めることで、両市の特色が一層活かされるものと確信しています。両市に潜む大きな交流エネルギーが再点火し、南から北まで長い京都府全体の活性化や交流の基盤づくりの一角を担っていきたい」と力強く述べ、河井木津川市長は「人と人との絆を大切にし、両市の魅力ある資源を最大限発揮できるよう、幅広い分野で交流・連携を深め、絆を一層育んでいきたい」と話されました。

ナホトカ号重油流出事故では重油の回収作業にご協力いただきました 旧丹後町と旧木津町は、昭和58年1月14日、友好町としての盟約を締結し、以来25年にわたって少年野球チームの交流試合や公立小学校の修学旅行などを中心に交流を続けてきました。
また、平成9年のナホトカ号重油流出事故発生時には、木津町長を先頭に役場職員・消防団のみなさんが重油の回収作業にご協力いただきました。
平成16年の台風23号により本市が大きな被害を受けたときには、木津町梅美台小学校の児童から激励のお手紙や千羽鶴をいただいたり、平成18年の丹後町での土砂災害に対して、木津町職員互助会からの義援金など、多くの支援をいただいています。
■おもな交流の経緯
年次 |
項目 |
|---|---|
昭和58年1月 |
丹後町と木津町との間で友好町盟約締結 |
昭和58年7月 |
丹後町から「観光優待券」を木津町に送られる |
昭和58年11月 |
木津町立図書館に「丹後町コーナー」開設 |
昭和60年7月 |
丹後町に「農林漁業体験実習館はしうど荘」完成 |
昭和60年12月 |
相楽郡食料祭に丹後町から特産品出店 |
昭和61年5月 |
木津町立小学校の修学旅行団が、訪問先を伊勢方面から丹後町へ変更し訪問 |
昭和62年1月 |
丹後町から鰯(15,000匹)が木津町に送られる。 |
昭和62年4月 |
丹後町少年野球チームが木津町を訪問、親善交流試合を開催 |
昭和62年6月 |
丹後町商工会から飛び魚(6,000匹)が木津町に送られる。 |
平成9年1月 |
ナホトカ号重油流出事故が発生 |
平成16年4月 |
峰山町・大宮町・網野町・丹後町・弥栄町・久美浜町の6町が合併し京丹後市が発足 |
平成16年10月 |
台風23号による災害が京丹後市で発生 |
平成18年7月 |
梅雨前線豪雨による土砂災害が京丹後市で発生 |
平成19年3月 |
木津町・加茂町・山城町の3町が合併し木津川市が発足 |
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市章

市の木「桜」

市の花「コスモス」平成19年3月12日、「水・緑・歴史が薫る文化創造都市〜ひとが輝き ともに創る豊かな未来」を将来像に、木津町、加茂町、山城町が合併し木津川市が誕生しました。
近畿のほぼ中央、京都府南部の山城地域に位置し、北は井出町、和束町、東は笠置町、西は精華町、南は奈良県奈良市と接しています。
また、市域の中心部を東から西に、そして市域の西端部で大きくカーブし、北へ向かって木津川が流れており、木津川に沿った地域に平野部が広がっています。
国家プロジェクトである「関西文化学術研究都市」の中核として研究活動がなされているばかりでなく、かつて、聖武天皇の時代に「恭仁京(天平12年・740年)がおかれた地であり、ロマンあふれる文化財や豊かな自然、里山を有するまちとなっています。
人口/67,487人
世帯数/23,617世帯(平成20年1月1日現在)
面積/85.12平方キロメートル
位置/東経135'49' 北緯34'49' (木津川市役所)
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| 神童寺「重要文化財」の桜・ミツバツツジ | ふれあい桜まつり |
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| 納涼大会の打上花火 | 七夕まつり |
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| 三上山からの紅葉 | 木津御輿太鼓祭(市指定無形民族文化財) |
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| 浄瑠璃寺本堂(国宝) | 居籠祭 大松明の儀 (国指定重要無形民族文化財) |