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更新日:2012年3月21日
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平成16年4月1日、6つの町が一つになり「ひと みず みどり 歴史と文化が織りなす交流のまち」を将来像に『京丹後市』は誕生しました。
京丹後市は、豊かな観光と自然環境にあふれ、新しい時代にふさわしい、ふんだんな魅力や恵みがいくつも、いくつもある、そんなふるさとです。
海岸線は、山陰海岸国立公園と若狭湾国定公園の二つの国立・国定公園に指定されるほどの美しい海・岸を有し、このうち「琴引浜」は日本で最良、最大級の“鳴き砂の浜”として知られています。また、山地には、北近畿最大級規模の「ブナ林」が広がるとともに、300種類近い薬草が自生する「薬草の宝庫」でもあります。野には、薬効豊かな「温泉」がここかしこにあり、府内最古の天然温泉とともに府内一の源泉に恵まれています。そして、自然や土壌の豊かさを背景に、日本一おいしいと評価される「丹後米」、ブランド化されつつある「間人ガニ」や「京野菜」、「京たんご梨」、「オリエンタルユリ」などの農林水産物がたわわにもたらされ、また、古代から営々と続く伝統と風合豊かな「丹後ちりめん」は現在も日本一の絹織物の生産量を誇っています。
丹後には、古代の時代、大和朝廷の時期に前後して、独自の極めて先進的な文化をもった「丹後王国」が存在していたといわれています。当時の最先端技術を示す遺跡として、水晶原石から製品まで一貫加工した日本最古の玉造工房跡のほか、古代製鉄コンビナート跡などが残されており、本市の盛んな機械金属業界は、このような「古代ものづくりのふるさと」に起源をしています。このほか、日本海側で第一、第二の規模の前方後円墳の存在や、他ではみられない豪華な玉製の頭飾り、最古の古代鏡の発見などのほか、丹後に伝わる「羽衣天女伝説」と「浦嶋伝説」は他の地域のものと比べ最も古い伝説とされ、これらの伝説が二つと揃ってあるのは丹後地方だけとされています。
京丹後市のもつ魅力はまだまだ語り尽せませんが、「丹後王国」や先人たちが残してくれた自然環境・遺産や歴史・文化など、新しい時代に求められる魅力、宝を本当にふんだんに有しています。私たちは、このような新しい時代の価値を豊かに育み、日本全国にこれらを魅力的に発信することのできる、そして、住み、訪れる人々には「お互いに生かしあい、支えあい、たすけあって生きる」風にあふれる、笑顔と喜びの『まほろば』・『新・丹後王国』の創造をめざしてまいります。
| ふりがな | なかやま やすし | |
| 氏名 | 中山 泰 | |
| 生年月日 | 昭和35年1月16日 京丹後市峰山町生まれ | |
| 学歴 | 昭和50年3月 | 峰山中学校卒業 |
| 昭和53年3月 | 天理高校卒業 | |
| 昭和60年3月 | 京都大学経済学部卒業 | |
| 職歴 | 昭和60年4月 | 総理府・総務庁入庁 |
| 平成元年4月 | 科学技術庁科学技術振興局研究交流課専門職 | |
| 平成3年4月 | 総務庁行政管理局行政情報システム企画課係長 | |
| 平成4年7月 | 総務庁行政管理局行政手続法制定準備室室長補佐 | |
| 平成6年7月 | 総務庁行政管理局副管理官 | |
| 平成8年8月 | 沖縄開発庁沖縄総合事務局総務部人事課長 | |
| 平成10年7月 | 沖縄開発庁長官秘書官(井上吉夫、野中広務、青木幹雄 各長官) | |
| 平成13年1月 | 経済産業省大臣官房企画官 兼 製造産業局人間生活システム 企画チーム長・デザイン政策チーム長 | |
| 平成14年8月 | 内閣府総合規制改革会議事務室次長 | |
| 平成16年5月17日 | 京丹後市長 | |
| その他公職 | 平成17年10月~ | 丹後・地域高規格道路推進協議会 会長 |
| 平成19年7月~ | 京都府後期高齢者医療広域連合 副広域連合長 | |
| 平成21年6月~ | 京都府自治体病院等開設者協議会 会長 | |
| 平成21年12月~ | 京都地方税機構 副広域連合長 | |
| 平成22年8月~ | 全国青年市長会 会長 (~平成23年8月) | |
| 平成23年8月~ | 全国青年市長会 顧問 |
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